福砂屋のカステラをお皿に乗せてフォークで食べた話
おばあちゃんが長崎土産をくれた
父の両親は長崎出身だ。父が生まれる前から、名古屋に住んでいるらしい。そんなおばあちゃんたちが長崎に帰ったらいつも買ってきてくれるのが、福砂屋のカステラだ。たぶん名古屋でも三越とかデパートに行けば買えると思うけど、僕たち家族は買わない。このカステラは”おばあちゃんの長崎土産”という特別な位置づけに存在しているからだ。そんなカステラを食べられる今日は、幸せだ。
久しぶりに食べた。
この福砂屋のカステラには、薄い膜のような紙がひっついている。食べられるのか食べられないのかわからないこの紙を、幼いころは食べたりもしていた。箱から出してそのまま手づかみで、もりもり食べていた。牛乳に浸したり、とにかく何も考えずに食べていたのだ。机の上や自分の手が汚れることなんて気にもしていなかった。
味は変わらず、僕は変わっていた。
そんな僕が今日、カステラをお皿に乗せてフォークで食べた。ブラックコーヒーをすすりながら。そう、僕は大人になっていた。手がベタベタになることを恐れる人間になってしまっていた。この出来事の良し悪しはわからない。ただ時間は気づかないうちに流れ、ふとした拍子に、それも突然に、気づかされるのである。
今日はお礼の電話をしそびれた。明日の朝、起きたら。